2011年01月24日

安心と信頼のブランド力(追記あり)

毎度のことながらタイトルは釣りですw


German companies disappointed with bachelor graduates - ドイツの商工会議所が調査したところ、大学新卒者の質に満足している企業は63%だったという記事です。2007年には67%だったので、満足度が低下していると記事は解説しています。

ドイツはここ10年余りで、ヨーロッパ各国の教育制度を均一化させようというボローニャ合意のもと、従来の Diplom と Magister の学位を学士と修士に改め、修了に必要な年数を引き下げるなどしてきましたが、それにも関わらず、企業の期待するような人材は大学では育っていないということのようです。インターンシップを義務化したり、一学期をまるまる実務経験のためにあてる大学もあるのに、多くの企業は大卒者が満足な実務経験を持っていないことを不満に思っているようです。

企業側の言い分として、「9割の卒業生が進学ではなく就職していくということを無視しているような学校がある。時に、多くの先生がたは、次世代の教授を育てることしかやっていないように感じられる」という言葉が紹介されています。

それに対し、大学側から、「学士号制度の導入によって、企業は大学がもっと職場指向になると期待していたようだ。しかし、大学側は、当然のことながら、新しい制度でも、学問的な中身が損なわれないように、そして知的に成長する可能性を阻まないようにしようとした。つまるところ、大学というのは、人を職に就きやすくするだけのところではないのだ。価値観を次の世代に伝えていくというのが大学教育なのだ」という意見が紹介されています。

ドイツの教育事情について私は何も知らないので、勘違いしているかもしれないのですが、この記事を読む限り、日本で「就活」がどんどん前倒しになっていったことに見られるのと同じような見解の相違があるのだろうと思います。

数十年の単位で見ると、大学に対してよりよい人材を求める雇用主たちの声が強まってきたというのは、大学教育がより多くの人に行き渡るようになったことの反動とも言えるのかもしれません。高等教育という、手の届きにくいものを手に入れた時、指の間から、それがすり抜けて行ってしまう。そんな感じ。

ドイツの大学の教室風景の写真は Hochschulpiraten さんが CC-by-sa で公開しているものです。

「大卒者に企業が求めるもの」―壊れる前に…
http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-edfc.html


ドイツは確かデュアルシステム(在学時の職業訓練)を採用してたはずで、その絡みで実務経験が「信頼と安心のゲルマン魂ブランド」みたいな役割を果たしているなら、日本における学歴は「信頼と安心の大和魂ブランド」ってとこか?意味不明。

日本の新卒一括採用においては、実務経験がないことが重視されてたわけで、人材育成の伸びしろがでかい=「一般的スキル」が高いことを―あくまでも企業側の視点からではあるが―学歴信仰の一因として見なすことが可能だと思う。となれば恐ろしく恣意的な見方をすれば池田某先生の言う「学生がバカだから」もあながち間違いじゃないと思われる。いや、批判先の企業の新卒一括採用のインセンティブがそこにあればの話だけど。JTBとか。

(26日追記)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

前回の続きから

記事を見るに「大学生は実務経験ないし使えないじゃん」ってのがドイツの企業の言い分だったんだが、日本における論調も系統としては少しづつこの流れに近づいてるんじゃないかと思う。それがいわゆる「資格」=「専門性」ってやつなんじゃないの?具体的には英語とかTOEICとかTOEFLとか?つまり英語

本田由紀先生や濱口桂一郎先生の本なんかを通じて少しずつ触れてはいたのだが、日本において大学生が身につけることのできる「職業に直結する」(←ここ重要)スキルにはものすごい制約があるとたまに感じることがある。特に文系。ブログやtwitterで見かける海外クラスタの言い分の本質は「英語が喋れると、身につけることのできるスキルの量が飛躍的にあがる」ってことなんじゃないかと邪推してるのだが(コミュニケーション能力含む)、なんかもう喋れるだけで満足してないか?それ自体(英語が喋れること)の希少性が高いことは日本においては事実なのだが、もしある日全大学生が突然英語喋れるようになったらどうするんだろうか?まあそうなったら日本の未来は世界が羨む時代がくるかどうかは置いておいてw、仮にその状況で景気が悪くなってしまったら?「就職難は英語を話せる大学生が増えすぎたから」とかイケノブ先生も仰るんだろうか?(汎用的なスキルとしては「PC力」とかもこの類に入ると思う。)

じゃあ、大学で身につけられる専門性なんてたかが知れてるのに、そこに過度の期待をかけざるをえない現状って一体何なんだ?

続きます。

(追記するした)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

上記のことは政府の中でも一応気にかけられているようで、例の「大学卒業後3年は新卒扱い」の諮問機関、日本学術会議が色々と提言を行っているのを労務屋さんのところで確認。

『日本学術会議、「大卒後3年間は新卒扱い」を提言』(1)〜(7)―労務屋ブログ http://d.hatena.ne.jp/roumuya/archive/201008

これ(学術会議側の記述)を見る限りあたかも「訓練可能性」=「伸びしろ」を重視しなくなった―学生に即戦力になることを要求―という認識(構造的問題)に基づいて、職業教育を大学に導入しろ、という論調で記事を進めてるような印象を受ける。一方、労務屋さんとか以前記事の中で引用させていただいたpotato_gnocchiさん(常夏島日記→http://d.hatena.ne.jp/potato_gnocchi/20100809/p1)なんかは、単に需給バランスの変化(景気問題)が原因で現在のような氷河期が生じている、という立場をとってると思う(違ってたらゴメンなさい…)。

私個人も「需給バランス」説のがどちらかとしては妥当だと感じていて、現状、就活で求められている「専門性」はせいぜい「訓練可能性」をベースに人数の絞り込みを行う「付加価値」程度に過ぎないのではないかと思う。まあその付加価値を巡って"dead or arrive"のあまりにも生々しいゲームが展開されているわけだけど。

それにしても「大学というのは、人を職に就きやすくするだけのところではないのだ。価値観を次の世代に伝えていくというのが大学教育なのだ」(以上引用)っていうドイツの教育界と「就職活動は学業に支障をきたす」っと主張する日本の教育界の意見は似通ってるようで、実はものすごく縁遠い存在同士だと感じる。ヨーロッパ(EU)と異なり、企業側のシステム(日本的雇用)と教育側のシステムが独自に融合してきた事実を一方的に企業の責任として断罪するのは微妙な気分になる。例えばこれ

就活、4年夏以降を要望 大学団体が経済界に―47NEWS

国立大学協会と日本私立大学団体連合会は25日、新卒者の就職活動の早期化と長期化で学業に支障が出ているとして、面接などの選考を大学4年の夏以降に始めるよう経済界に働き掛ける方針を決めた。近く各経済団体に要請書を提出する。

 現在、多くの企業は会社説明会を3年生の10月ごろに開始。OB訪問の準備を理由に海外留学などに二の足を踏む学生が増えているといい、学生生活に深刻な影響が出ているとの声が広がっている。文部科学省も憂慮し、昨年秋に高木義明文科相が各経済団体を訪問して早期化の是正を申し入れた経緯がある。

 大学関係者によると、要請書は(1)選考活動を4年生の8月以降(2)説明会などの広報活動は3年生の3月以降―とすることが柱。国大協と私大連合会は今後、大学や経済団体、関係省庁で構成する懇話会でも具体案を定めるよう強く求めることにしている。

 この問題では日本貿易会や経済同友会、日本商工会議所が「4年の8月以降」に理解を示す一方、日本経団連は広報活動を現在より約2カ月遅い「3年の12月以降」と決めたものの、面接などは従来通り「4年生の4月以降」からとしている。

http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011012501000899.html



結果的に就職活動により忙殺される、という帰結が待ってるとしか思えないのだが…
我々私大生は3年次にゼミのテーマに従って構想を練り、4年次に卒論指導という形で1年間を使って論文を書く(という建前に少なくともなっているw)。もし現実に「夏以降」が実現すれば、勉学に関しては真面目な生徒がバカをみる、という懸念が生じるのではないだろうか。案外大卒後3年間新卒扱い、という形式はこのことを意図して描かれているのかもしれない。

でもそれは既に「価値観を次の世代に伝えていく」という、大学本来の役割を放棄しかけているのではないか?
新しい労働社会―雇用システムの再構築へ (岩波新書) [新書] / 濱口 桂一郎 (著); 岩波書店 (刊)

新しい労働社会―雇用システムの再構築へ (岩波新書) [新書] / 濱口 桂一郎 (著); 岩波書店 (刊)

濱口先生の本は労働関係に留まらず、「システムの連関」について体系的に綴られているところが個人的にすごく好き。でも難しい(汗)

若年者就業の経済学 [単行本] / 太田 聰一 (著); 日本経済新聞出版社 (刊)

若年者就業の経済学 [単行本] / 太田 聰一 (著); 日本経済新聞出版社 (刊)

就職氷河期に関しては結構怪しい話が平気でまかり通ったり信じ込まれたりするにも関わらず、このような計量的な手法に基づいた分析は少ないのが実情。その意味では貴重な研究だと思う。
posted by horichu2 at 23:22| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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